桜草(プリムラシーボリティ)に関する 書籍、入門書
桜草関係書籍として最初に取り上げるべき一冊は、[色分け花図鑑 桜草」鳥井恒夫著でしょう。Gakken2006年初版、2020年現在絶版になっていますが中古品はまだ入手可能です。さくらそうの銘柄名と写真がキチンと記載された本はあまりなく手引書としても貴重です。幾つかの誤謬を指摘する人もいますが、さくらそう栽培を試みる人は必帯すべき一冊です。
上の写真はさくらそう会代表世話人鳥井恒夫氏ご自宅の花段です。同氏は少年時代から桜草に親しみ千葉大学園芸学部を卒業後は、植物園関係の要職に就かれました。特に江戸時代から伝わる古典園芸植物「さくらそう」に対する造詣が深く、三百数十もある銘柄の花を見てすぐ名前を同定できる眼力は特出しています。桜草栽培家の仲間うちの冗談で「庭にやってくる雀の顔を見分けるようだ」と言われるほどです。
桜草に関する書籍は、入門書を含めてもそう多くはありません。下記に列記します。
「日本桜草」加藤亮太郎著 昭和34年(1959年)加島書店刊。桜草に関する歴史、栽培法、花後の管理,実生についてなどから鑑賞の仕方まで総体的に記述した260ページのものです。
それまでになかった指南書として長い間愛読されました。今読んでみても教えられるところがおおいにあります。また上梓以来60年以上たちますので、この花に対する栽培感覚や価値観の変化なども分かる資料になります。
「日本サクラソウ」鈴鹿冬三著、NHK出版 昭和51年(1976年)刊、著者のサクラソウに対する思い入れが随所にちりばめられています。鈴鹿冬三氏は、賀茂(加茂)神社の総本社である高嶋神社(奈良)の宮司を務める傍ら、500種2200鉢を栽培していました。現在は鈴鹿義胤(すずかよしたね)宮司がその任にあたっています。その中には、関東大震災の飛散を免れた「東京の桜草」が所縁あって受け継がれています。
「桜草栽培の歴史」 竹岡泰道著 2016年創英社発行/三省堂書店発売。俳句、短歌まであらゆる角度から桜草を見つめた一冊。著者は長らく銀行に勤務しながら桜草の栽培、実生花新種の作出に、また歴史調査に専心して521ページ+写真の大書をものにしました。ただ大作のわりに著者の美学や理念の提示、方向性が弱いような気がします。
「サクラソウの目」-保全生態学とは何かー 鷲谷いづみ著 1998年刊 地人書館。 前述の三冊が栽培者としての経験から得た感覚を土台にして記述しているのと違い、生物学専門の大学教授(筑波大、東大)がサクラソウを取り巻く興味深い事実を教科書のように著した一冊です。栽培技術書ではありません。それだけにクールに論を進めています。その骨子は、小学校5年生の国語の教科書に「サクラソウとトラマルハナバチ」として取り上げられていました。
しかし生物学的学術知識にとぼしい古典園芸愛好家の桜栽培者にはかなりの違和感を与えたようです。
それで教科書会社にまで押しかけ記述内容がおかしいと抗議するありさまでした。なぜこんなことが起きたのでしょうか。常識的には考えられませんが古典園芸独自の世界の堅い殻をかぶってしまった古典園芸愛好家の拒否反応は異様でした。
当時栽培家の多くは先達からの教えを固く信じ、桜草の花には蜜も花粉もないと思い込んでいました。現に桜草界の大御所大山玲郎氏(さくらそう会発起人の一人)がさくらそう会会報に「さくらそうの花は蜜層を持たないため、昆虫類による花粉の媒助はおこなわれません」とはっきり記しています。
そこへ越冬したトラマルハナバチが飛来して蜜をとるところから話が始まるこの「サクラソウの目」に戸惑い「大学の教授がこんなでたらめ書きやがって」と毒づくありさまでした。
さくらそう、うつむく花は美しいのか
そしてこうした間違いを誰も指摘しようとはしません。当時の桜草栽培者の世界は、いわゆる縦社会で先達の栽培法を鵜呑みにして異議申し立てのようなことはしない社会でした。たしかに独特の美学を確立しましたが、桜草はとくに閉鎖的で個々の栽培グループが「連」と称する同好同志会を結成し、それぞれの成果を門外不出にしました。「連」以外の人との苗の交換や譲渡も禁止でした。
また花形に対する好みも統一され幕末から明治時代に作出された「名花」はみな下向きに咲いています。しおらし気な花が好みだったのでしょうか。明るく上向きに咲くものは「桜草としての美しさがない」として淘汰されたようです。この傾向は今でも残っています。
一江豊一氏(加茂荘花鳥園)によって作出された「八重咲」は、種類の多さと 独特の華やかさがあって人気を博していますが「さくらそう会」ではあまり歓迎していません。曰く「従来のものと並べて飾るとバランスが取れない」「商業ベースで生まれたものと伝統花を同一視出来ない」などの意見が聞かれます。
一江豊一氏は、伝統に結びつく「連」のような結社や栽培同好会などには参加したことがなく研究者として八重咲の開発に乗り出しました。そのためご本人は「何の差しさわりなく開発に取り込めた」いっています。銘柄の名前のつけ方や鉢植えスタイルまで伝統にとらわれることなく進めたようです。そうした姿勢が伝統派の反発を招いたのかもしれません。
アメリカにも同好会ができ新種の開発も盛んです。あまり古典美に固執することなくこの花の持つ可能性を拡げたいものです。
いずれにせよ本書によって、副題にある保全生態学の入り口を知り植物学上のサクラソウの立ち位置を教えられます。
素直なサクラソウファンが増えますように祈るばかりです。
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